旧堺港界わい

Keishin Honda

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19

 自転車を止め、声の方に振り返った。スーツ姿の男と女が立っていた。男は中学時代の同級生だった。話しかけられると、いつも適当に挨拶だけして、その場を立ち去っていたが、自然と足はその場に残っていた。
「久しぶり。元気?」
 同級生は明るい笑顔を向けた。少し頭を伺ったようだが、むしろ隣の女の視線の方が気になった。
「彼女は、会社の後輩。営業に回ってて」
 女はぺこりと頭を下げた。可愛い顔をしている。普通に就職していれば、こんな出会いもあるのだろう。
「お前も営業?」
「えっ、まぁ」
「そうや、お前のとこ、理容店やったよな。資産の運用とか、相談あったら、頼むわ」
 同級生は名刺を差し出した。
「あ、名刺、……切らしてて、今から取りに行くとこで……」
 名刺はなかった。育毛剤のチラシには連絡先を印刷していたが、同級生にそれを手渡す必要はなかった。

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