「遠海! 何処行くんや」
達也の声が聞こえたのだ。病院を抜け出してきたのだろう。後ろから海里の祖母も心配そうに追いかけてきている。
根岸は狂ったようにカメラを遠海に向け、シャッター切り続けた。
「遠海!」
遠海は振りかえると大きな声で言った。
「私……人間だわ。ひとりの人間。生きてる」
根岸はレンズを通して見た遠海の姿に息を飲んだ。そしてゆっくりとカメラを下ろした。人間だと言った彼女は誰の目にも妖精に映った。
根岸は鼻で笑うと、カメラからフィルムを取り出し、達也に向かって投げると、その場から去っていった。
いつの間にかいなくなっていた老女は、何かを抱えて遠海の目の前に現れた。
「これ、持って行きなさい」
彼女が差し出したのは一枚の水彩画だった。遠海はそれが誰によって描かれたものか、そして誰を描いたものか、すぐに理解した。
「ありがとう、おばあちゃん」
老女は皺をより一層深くして頷いた。
了