旧堺港界わい

Keishin Honda

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「根岸……」
「久しぶりだな。やっぱり、お前が彼女の父親だったんだな」
 カメラを提げた根岸吾朗が立っていた。
「懐かしいな。この海でまた会えるなんて」
 根岸は遠い目で、青碧の海を見つめた。
「あの日、オレが意識を失っている間に、何があった? そこにいるお嬢さんは、誰から産まれた? 十八年間、探し続けたスクープなんだ。教えてくれ。オレたちを助けてくれた……三島さんのところに下宿してた彼女が」
 父親はまた海に視線を動かし、堅く口を噤んだ。
「懸命に研究を続けたオレは、こんな様だ。なのに、研究もせずに絵ばっかり描いていたお前は、見事、大学教授。オレだって、お前と同じだけ海水を飲んだのに……」
 根岸は呪うように吐き捨てた。しかし、全く話す気のない徹を鼻であしらい、今度は水に足が浸かった遠海に言った。
「お嬢さん、あんたも海に帰るのか?」
 遠海は波から一歩退いたが、カメラマンの言葉にうんざりしながら、また海に向かって前進した。
「彼女はれっきとした十八歳の女性だった。自分の将来を選択するために、海に旅してただけの女の子の何がスクープなんだ? オレは彼女を愛してた。それだけだ」
 徹が早口で言うと、遠海は膝まで水に浸かったところで歩くのを止めた。

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