旧堺港界わい

Keishin Honda

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「あっ、向井田先生、あの、今」
 看護師がもたもたしているうちに、事務員の男が、遠海を追いかけて駆け出していった。
 向井田は何のことだか解らず、不思議そうな顔で立っていた。
「今、あのマツシタトオミさんという……」
「松下……徹?」
「ええ、休憩に出られてすぐに来られて、で、今また……」
 向井田はドアを振り返った。事務員は何処まで追いかけたのか、すぐに戻ってくる気配がなかった。
「部屋に来てもらってください」
 向井田は、そう看護師に言って廊下を歩いていった。
 少しして事務員が遠海を連れて戻ってきた。ドアを入るなり奇声を上げた。
「何や、この雨。急に降ってきよった」
 事務員が雨を手で払っていると、受付の看護師がタオルを持ってバタバタと近づいてきた。
「あ、あの向井田先生がお帰りだと……」
 遠海は早く会いたいという気持ちが勝ってか、濡れたことはお構いなしだった。
「ちゃんと乾かしてからにせな、向井田先生の診察受けてもらうよ」
 事務員の冗談に、看護師が笑いながら遠海を引率した。廊下を歩き、ノックした部屋には「向井田美行」の名札が掛かっていた。

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