旧堺港界わい

Keishin Honda

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 向井田は、まだ病院に戻っていなかった。受付には、先ほ
どの看護師がいて気の毒そうに遠海を見た。少し早かったようだ。
 その時間、待合室には誰もいなかった。看護師だけが何人かうろうろしているだけで、深閑としていた。
「向井田先生? 今日は人気やなぁ」
 また奥の方から声がした。朝の男の声だった。同じ人物が尋ねてきたことを彼は判っていないようだった。
「携帯に電話したらええで」
 声の主が現れた。事務員のような中年男だった。人のよさそうな顔をしている。
 看護師は、すぐに遠海にそう伝えたとき、すでに受話器を上げ、向井田の短縮番号を押していた。
「いいです、すみません。あの出なおしますから」
 と遠慮して、そそくさと病院を出た。待合室の椅子で待とうかとも思ったが、なんとなく落ちつかなかった。
 向井田は電波の届かない場所にいて、看護師の電話は繋がらなかったが、次の瞬間、その看護師の目前に向井田が立っていた。遠海と入れ違いに裏から院内に入ってきたのだった。

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