しかし、まもなく嵐が海を襲い、青年は二度と妖精と会うことはなかった。その若い画家は、彼女は海に帰ったのだと思った。
そして月日が流れて、いつか誰かがこの海を見つけ、人が訪れるようになると、青碧の美は過去のものとなり、記憶の底に沈んでしまった。妖精の伝説も海の泡と化した。結局、絵を描き上げた者はいず、その青碧の絵は残ってはいない。
「一度触れてしまうと、もう触れる前には戻られへん。でもみんな、触れずには居られへんかった。あんまり汚い手で触ったら、海かって怒るんちゃうか。時には荒れることもあるで」
隣りに座っている海里の笑顔が眩しい。遠海はこのまま時間が止まればいいと思っていた。会ったばかりの彼をこの上なく近くに感じていた。そして海が気持ちを沈めてくれるのだ。
しかし、そんな時間は長くは続きはしない。
「ボクな、もう長くないで」
海里の言葉に遠海の表情が固まる。しかし海里は明るく、それが冗談のようにも聞こえた。