旧堺港界わい

Keishin Honda

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「あの……向井田先生にお会いしたいんですが……」
 受付にいた看護師が、遠海の声に顔を上げた。
「向井田先生? 内科の方に行ってもらえる? すぐ隣やけど……」
 彼女がそう言ったあと、すぐに何処かから声がした。
「向井田センセ、さっき出かけたで」
 遠海が声の主を探して視線を泳がせていると、また目前の看護師が口を開いた。
「ごめんなさい。お出かけみたい」
 そう言うと、また何処から声がした。また別人の声だ。
「昼休憩」
「二時間くらいで帰ってくるみたいだけど」
 恥ずかしげもなくその看護師も声の指示通り遠海に伝えた。それが遠海には何ともいえず滑稽に思えた。気取らないというか、少し親しみがありすぎるというか。
「ああ、そうですか」
「よかったら、伝言しよか? お名前は?」
 看護師は小児科の患者に言う口調で尋ねた。
「あっ、あの、松下遠海です。でもご存知じゃないかも……あの、いいです。また夕方きます」
 遠海はぺこりと頭を下げ、病院を後にした。

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