遠海は決して父親に逆らうことは言わない。必ず「はい」と言って、二階の自分の部屋に入る。しかし、以前はこうではなかった。何でも相談し、笑い声も絶えなかった。それがたった二人の家族でも。人数が増えると笑い声も倍増するとは必ずしも決まっていないのだ。子連れ同志の再婚は、誰かが感情を殺さなければ、上手くいかないと遠海は思っていた。だからといって、誰が犠牲になっているかなど考えたことはなかった。
部屋に入ると、ジーンズとTシャツに着替え、リュックサックにウィンドブレーカーとバスタオルを詰めた。財布には千円札が五枚。それからアルバムの間に挟んであったお年玉の残りの二万五千円。
ゆっくりとドアを開けると、誰もまだ台所から出ていないことを確認して、階段を音を立てずに降り、そっと玄関から出た。
今日と決めていたわけではない。ただ、今日なら、振り返らないような気がした。