旧堺港界わい

Keishin Honda

   ※カテゴリーのタイトル別に1から内容が続いています。

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 誰よりも速く泳ぐためには、水をできるだけ揺らさずに泳ぐことだ。魚のように優雅に、水と一体になること。しぶきも音も立ててはいけない。ただ水に身体を任せるだけ。
 タイムを上げるコツを聞かれると達也はいつもそう応えた。しかし、本人は全くできていないことを知っている。彼の泳ぎを例えると、水面に顔を出した後の沈んでいく鯨のようだ。バシャバシャと音を立てて、力強く豪快に泳ぐ。だからといって、タイムが悪いわけではない。大会ではいつも成績を残し、高校生の中では常に上位にいる。では、何故、そんなかけ離れたことばかりを言うのか、それは、目の前にいる遠海(とおみ)が、彼の理想そのものだからだ。
「遠海には、叶わん」
 たった今、一〇〇メートルを全速力で泳ぎ切ったばかりの達也が、呼吸を荒立たせて言った。遠海の方はというと、何事もなかったかのように先にゴールしていて、ほんの数秒遅れでゴールした彼を見つめていた。

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