旧堺港界わい

Keishin Honda

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 父は知らずにこの世を去りましたが、母は知っていました。父が手紙を渡さなかったことを、本当は知っていました。父が亡くなるまで黙っていたのです 。
 イギリス人が出航するとき、母は偶然港にいたのです。母は好きな人を自ら諦めたのです。そして来世で会うことを誓いました。
 長い長い歳月が過ぎて、父が亡くなり二年が過ぎた頃、母とそのイギリス人は再会しました。
 彼は余命を告げられていました。子どもたちは独立し、妻はすでに他界、血族の中にもう彼の未来を指図する年長者もいない。
 そのな彼が最後に望んだのは、ただひとつ、母に会うことでした。そして、来世で待っていると伝えることでした。
 彼は母と別れた港にやってきました。その港に母が訪れたのは偶然ではありません。母はほとんど毎日訪れていたからです。
 母は、彼と一緒に死ぬことを望みました。来世ではなく、今、その瞬間から、彼との時間を選んだのです。二人の魂は今ともにあると思います。

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