旧堺港界わい

Keishin Honda

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 彼が日本を発つとき、母は彼に会うことができませんでした。彼の親が母をよく思っていなかったせいです。母の家柄は悪くありませんでした。しかし、他国の血が混ざることを快く思っていなかったのです。
 彼は父に、母への手紙を託しました。
 しかし、その手紙が母の手に 渡ったのは、父が死んでからでした。父は、母にその手紙を手渡すことは一生なかったのです。母に宛てた遺言の中に、その手紙が入れられてありました。
 父の遺言のほとんどは、母と母を思っていたイギリス人に対する謝罪でした。父は母を失いたくなかったのです。私は父の気持ちが痛いほど解りました。私がそのときの父でもそうしたと思います。父も私もその程度の人間なのです。
 父は後悔しながら亡くなりましたが、母を欺いた苦痛から逃れようとはしなかった。苦痛よりも母と一緒にいることを望んだのです。幸せだったと思います。

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