あ……。
私は床に置いていた鞄に目をやった。
形見の品が、指輪であったことを忘れていた。相手が男なら意味が違ってくる。不愉快だった。渡したくないと思った。私が少し俯き加減でじっとしていると、田嶋さんがゆっくり立ち上がった。
「ちょっと待っていてください。お渡ししたいものがあります」
私は視線を上げ、部屋から出て行く老人の背中を見送った。背は低くないが、しょぼくれた後ろ姿だ。この老人を男として認めたくない気分だった。
彼が見えなくなると、周囲に目をやった。無意識に見比べている。我が家のそれと比べている。ここがうちより劣っていることを望んでいた。なんと卑劣な発想だと、自分が情けなくなった。家は、一軒家だったが、それほど広くはない。公務員であったが、父が歩んできた人生の方が優っていると思った。そう思いたかった。母は 、父を選んでよかったのだと。
勝手な言い分だ。
すぐに自責の念に駆られた。彼が私の年齢を確かめた理由が理解できるようだ。自己中心的な感情だけに流されない年になった。