「母は、一度体調を崩して入院しましたが、退院してしばらくして、眠るように亡くなりました。苦しまずに逝ったのだと信じたい」
田嶋さんは黙って頷いていた。
「入院したとき、母は先を予測していたのでしょう。それまであまり口にしなかったことを、多くはありませんでしたが、遺言のように言い始めました。そのひとつが、こちらへの訪問です」
私は、たくさん ある中のひとつだと説明したが、決してそうではなかった。これが何より母が望んだことだった。ある種の嫉妬が私にそう言わせたのだ。家族が知らない母を彼が知っていると思うことが腹立たしかった。
「娘は先月三十六になりましたから、あなたもそうですね?」
親というのは、子供の年を基準に周囲を計るのだと単純に思った。
「あなたのお母さんと私は親友同士でした」
田嶋さんは、自ら誤解を解そうとした。彼もまた私が訪れることで、不安や緊張、そして期待に感情を動かしていたのだろう。
私が、母の形見の品を渡して、できるだけ早くここから去りたいと思っていることを、彼は感じているだろうか。