旧堺港界わい

Keishin Honda

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 堺駅を東出口から出ると、バスロータリーがあった。その辺りで待っているようにと田嶋さんは言った。
 堺は初めてではなかった。日本最大の古墳、仁徳天皇陵がある。教科書で紹介されている文化遺産だ。鍵の形をした前方後円墳といえば誰しも記憶にあるだろう。しかし、それはもう少し山手であった気がする。
 見知らぬ土地ではあっても、日本であることに違いなく、まして自然豊かな田舎でない限り、栄えた駅周辺にはどこにでもある看板が目に付いて、さほど珍しくもない。ここもそうだ。
 それでも、旅先というだけで不思議と五感が働き、体で何かを感じ取っているように思った。やはりそこは、かつて観光で訪れた外国の地と同じで、自分には生活感の薄い旅先なのだ。
「北村さん?」
 振り返ると、自分とそう変わらない年代の女性が立っていた。
「そうです」
 慌てて返答した。
「田嶋夕紀です」
 母の友人にしては、計算が合わないような気がするが、確かにその女性は、そう名乗った。
「娘の麻由美です。母が生前お世話になりまして……」
 私は深く頭を下げた。
「こちらこそ、ありがとうございます。こんなところまで、わざわざお越しいただいて」
 田嶋さんもぺこりと頭を下げ、「このたびはご愁傷様でした」と挨拶を続けた。
 さっぱりとした女性だった。化粧気が少なく、口調も淡々と滑舌がよく、その容姿に相応しい。ごく一般的なその年代の女性で、私はまずはホッとしていた。しかし、疑問はもちろん解決したわけではない。この若さで彼女が母の文通相手なのだから。
「そこに車を止めてあります」
 彼女が指差した。家に招いてくれるようだ。太郎は今日はここまで。私は心の中で手を振った。
 今日みたいなとき、太郎のストーカー行為は心強かったりする。会うまではやっぱり不安だ。何かあれば、彼がたすけてくれるという甘えた考えがある。
 面識のない人に会うとはいえ、母の友人なのだ。親が子供を危険な目にあわせるはずがない。それは分っている。しかし、私を不安にさせるのは、何より、田嶋さんが母を知らないかもしれ ないということだ。

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