母と同年代で、その時代その時代、便箋の上で同じ時間を共有してきた人。ファッションや好きな人のこと、それに結婚後は家族や親戚のこと、身体が思うように動かなくなっていくのを感じたときには、老いへの恐怖を話し合ったに違いない。私が親しい友人と老後の心配をメールで交換するように。
手にしていた届いたばかりの手紙は、指輪を渡すときにお返ししよう。私は受話器を手にした。
自宅の電話番号を預かっていた。〇七二で始まる番号。最近はもっぱら携帯電話を使用するものだから、家の電話の子機の持ち具合が覚束ない。番号のボタンの加減、コールする音、すべてに緊張が走る。
「はい、田嶋です」
何度かのコールの後、女性の声が返ってきた。
「あっ、あの、北村と申しますが……」
田嶋夕紀さんだろうか。自分の声が上ずっている気がする。
「北村……さん……、北村美和子さん?」
相手はそう言った。
「い、いえ、私は北村美和子の娘の麻由美(仮)です」
「そうでしたか。初めまして」
声が若い 。そのときは気にも留めなかったが、彼女は母と話したことはなかったのだ。私の声は母には似ていないし、周囲に言われたこともない。