旧堺港界わい

Keishin Honda

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 それは愚考だった。母が現実を嘆いていたとは思えない。まして相手は女性で、取り繕う必要性もない。なにより相手の住所は堺市だ。ここ神戸からは海沿いに弧を描いて一直線。隠しても見え見えの距離で、文通など辛気臭いことをせず、いつでも会って話せる程度の場所なのだ。隠す間柄ではないだろう。
 それほど親しくしていたにも関わらず、不思議と私たち、家族は、田嶋さんに会うことを勧めたり、どんな相手なのかと探ることはなかった。話題にさえ上らなかった。
 父と二人の兄は文通なんか、という風で全く無関心だったし、私は学生時代から世界遺産に夢中で、社会人になっても国内外に旅行にばかり出かけていた。正直言って、私たちは母のしていることに関心がなかったのだ。
 それに母には母の生活環境があって、家族に共有しようと持ちかけることもなかった。だからといって、家族の間柄がギクシャクしていたとか崩壊寸前だったというのではなく、ごく一般の普通の家族だった。役所に勤めていた父は、定年後、美術館で勤めて、今は毎日趣味の囲碁クラブに通っている。二人の兄は、それぞれ会社員で、それぞれの家族と生活築いている。
 末娘の私は 、可愛がられて育ち、三十六になったいまだ実家暮らしの独身だ。近しくしている友人たちも結婚の話を聞くことはなく、慌てるような環境ではなかった。

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