旧堺港界わい

Keishin Honda

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 新聞で過去の心中事件が取り沙汰されていた。愛し合う二人が、何らかの障害に勝てず、命を絶ってしまったのだ。今の時代では心中する前に駆け落ちするだろう。スマートフォンの時代だ。ロミオとジュリエットのように、行き違いもない。ソーシャルネットワークを使って、予定を知らせておけばいい。
 旅先で自然の遺産に対面した時、命についていつも思う。人間のちっぽけさと儚さを。愛する人の手のぬくもりを感じながら、自然に抱かれて思いを全うする。そんな感じなのだろうか。
 日本海の波は穏やかでも力強い。
 これまで死に直面することがなかった。死を選択肢に加える出来事もなかった。心中という行為に賞賛こそしないが、多少なり美徳的考えがなくもなかった。それは、子どものころ、祖母から聞いた美しい物語のせいだろう。少女のように瞳をきらきらさせて話す、年老いた祖母があまりにも綺麗だった。幼心に、夢見物語がどんなに素敵なのかと感じたものだ。
 しかし、その物語が外国の童話なのか、祖母が読んだ恋愛小説の一部なのか、あるいは当時公開していた映画だったのかは定かではない。
 それから半年とせず、祖母は交通事故で亡くなり、三十年近い長い歳月が過ぎた。もう今となっては、その遠い記憶をたどるすべがない。祖母の思い出は、その物語と穏やかな祖母の笑顔に尽きる。

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