旧堺港界わい

Keishin Honda

   ※カテゴリーのタイトル別に1から内容が続いています。

28

「それって、どういうことですか?」
個人輸入の範囲で承っておりますので、あまりたくさんご注文をお受けできないんです』
 一ヶ月に一本使用するとして十二本で一年分。一年先まで注文できないということだ。頭が真っ白になった。
「で、でも、これは、ボクが使うじゃなくて、友達に、プ、プレゼントしようと……」
「お客様、プレゼントはちょっと……。譲渡は違法ですから」
 違法。
 鼓動が早くなっていくのが分かった。厳しくなった。何かが変わった。アメリカ屋は、以前とは明らかに対応が違っていた。つい数日前まで、何セットでも買うことができた。
薬事法の関係で……、税関が厳しくなりまして……、それからお客様、お届け先なんですが、理容店宛にお届けできなくなりましたので、ご自宅にご変更お願いできますか?』「あ、いいですよ。店の名前を取ってください。同じ住所です。注文できますか?」

27

ミノキシジル1%のものですね? 弊社が取り扱っておりますのは、2%と5%になります』
 いつものことながら、淡々としている。何があっても動じない。話を切り替え、未着の注文について尋ねた。
 客からの催促に恐怖を覚え、自分のものを分け与えてしまった。この分なら、他の客からも問い合わせがあるだろう。
『到着が遅れているのですね。申し訳ございません。二、三日お待ちいただいて、まだお届けできないようでしたら、もう一度お電話いただけますか? 再送させていただきます』
 オペレータがそう言った。先ほどの女だ。野村と言った。淡々とした感情のない口調だ。
「急ぎやねんけど……。あっ、後、二十四本のセット、注文お願いします」
 多めに頼んでおこうと思った。こんな気持ちは味わいたくない。
『お客様は今、十二本のセットをお買い上げいただいていますので、残念ながら……」
 オペレータの返答に耳を疑った。

26

「は、はい」
『あ、あの、育毛剤のことでお伺いしたいんですけど……』
 抑揚は雑だったが、口調は礼儀正しかった。
『日本で、同じ成分の育毛剤が販売されるって聞いたんですけど』
 そう言われて愕然とした。予想外のことに答えようがなかった。調べると言って、電話を切った。アメリカ屋に電話をするか、インターネットで調べてからアメリカ屋に電話をするかを迷ったが、結局、ちょっとした知識を身につけるため、先に調べることにした。
 その育毛剤は存在した。大手製薬会社から数日後に「リグロウ」という名称で販売される予定だ。成分のミノキシジルは1%だった。今使用しているのは5%、五分の一の量だった。少しホッとしたが、国内で市販されれば、流れる者も出てくるだろう。
 アメリカ屋に電話を掛けた。オペレータはその育毛剤のことを知っていた。

25

「おっちゃん、今、在庫切れてるねん。到着が遅れてるみたいで。今から確認するとこやねんけど、後、どのくらいある?」
 少し焦っていた。通常は十日くらいで届くが、遅れたらもう届かないこともある。アメリカ屋にその旨を伝えると、再送してくれるが、また日数が掛かってしまう。
「まだ、大丈夫やで、二、三日はあると思うし」
 主は暢気だった。抜け毛が減って有頂天になっているのだ。新聞記事のことや、二、三日でなくなってしまうことなど、何の不安もない。これは、本人にしか解らない喜びだ。この素朴な表情を見ると、十日間待ってくれとは言えなかった。
「おっちゃん、僕の一本使っといて。到着したら、返してくれたらいいから。効果出てるときに間おくの勿体ないし、使用止めたら、また元に戻ってしまうし」
 思わず、自分の一本を差し出した。機嫌よく主が帰っていくと、急いで電話に駆け寄った。受話器に手を伸ばすと同時に、ベルが鳴った。

24

「光男、お客さん」
 母親は眉を顰めながら、受話器を差し出した。
育毛剤、まだかな? もうすぐなくなりそうやねんけど。早くしてくれへんかったら禿げてしまう』
「あ、すいません。確認してみます」
 電話を切って、在庫を確認した。一箱も残っていなかった。
「光男」
 また母親の声がした。今度は店からだ。
「八百屋のおじさん、来てはるよ」
 慌てて店に向かうと、八百屋の主が笑顔で立っていた。
「光っちゃん、おっちゃんな、抜け毛減ってる気がするねん。あの育毛剤、継続しようと思って」
 月日の過ぎるのは早い。
「もう残り少ないねんけど、また三本貰える?」
 主にも効果が現れたようだ。

23

 ホームページが日本語で、オペレータも日本人であったから、国内の店と勘違いしていただけだ。ホームページはすべて熟読していたが、本当のところを理解していなかったようだ。アメリカ屋とは立場が全く違っていた。アメリカ屋は合法で、自分は違法。
 薬事法の制限が厳しくなったのだ。注文は激減はしたが、それでもなくなりはしなかった。薬は必要なのだ。止めればせっかくの産毛が抜けてしまう。これがこの育毛剤の魔術だ。生えてきたら止められない。止めたくない。
 強く自分に言い聞かせた。リピーターの客にもそう観念を植え付けた。自分自身の産毛も順調であったし、同じ悩みを持つ者に対しての幸福のお裾分けとも思っていた。
 代行だ。輸入代行だ。商品の代金と、手数料を得ているだけなのだ。違法ではない。
 電話が鳴った。

22

『ありがとうございます、アメリカ屋、野村でございます』
 オペレータもいつも通りだった。
「あ、あの……、新聞記事を見たんですけど」
 おずおずと切り出すと、
『ああ、再販のですか?』
 返事が返ってきた。やはり煽りはあったようだ。
育毛剤個人輸入の範囲でお取り寄せいただける商品で、日本国内での販売は禁止されていますから……』
アメリカ屋さんは、大丈夫なんですか?」 思い切って聞いてみた。
『弊社は、アメリカの法人会社ですので、日本のお客様が私どもからお買い上げいただいている……個人輸入されているという形なので、特に問題はありません』
 そう言われて絶句した。アメリカ屋は日本の会社ではなかったのだ。商品は確かにアメリカから送られてくる。関税も支払ったことがある。そのとき、初めて自分が個人輸入していることに気付いた。

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